2015年04月04日

地方選挙始まり前議員として発言

福井県では県議会議員選挙が始まりました。
地元から松井拓夫議員が立候補して今日出陣式があったので私も地元の同じ政党の前議員として同議員の4選の激励のあいさつをさせてもらいました。
私はあいさつの最後で「私は議員は辞職したので政治向きの話はしないがただ政治が右傾化して好んで軍事国家になる方向に行くようなことがあれば一人の日本人として発言はさせていただく」と申しました。
また現職のころまちの皆様から熱い支持をいただいたことにもお礼を申し上げました。
元気な姿をお互い確かめたことも大収穫でした。
posted by 松村りゅうじ at 00:55| Comment(0) | 急げ北陸新幹線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

sangiin 参議院協会創立40周年記念式

今日参議院会館の地下109号室でみだしの会が行われました。
与野党でかって活躍した面々がそろい式典の後は参議院議長公邸でパーティがありました。
元気な人が出席していたわけでしょうから皆元気でした。

山崎正昭議長は私の郷里福井県出身ですが極めてかくしゃくとしておられました。

帰りに久しぶりに新宿に立ち寄り紀伊国屋書店に行き囲碁の本を中心に5冊本を買って来ました。
新宿のメインロードがこんなに狭かったかなというような感想を持ちました。
丁度囲碁の棋聖線の最終戦が行われているのでテレビを眺めたりスカパーの囲碁番組を見たりでして忙しく過ごしました。

posted by 松村りゅうじ at 18:56| Comment(0) | 急げ北陸新幹線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

ブログ再開します

昨年18年務めた参議院議員を引退しました。
引退後浮世の生活にもようやくなれました。例えば東京内の交通機関を利用することです。
そして生きがいある生活の基盤をどこにおくかということです。
これも囲碁を趣味としていくことになって一日が忙しくなりました。
政治に関することとは手を切ったのですが、日本を戦争に巻き込む政治には断固として反対いたしたいと思います。
私も先日77歳になりましたが日本人としての務めだけは果たして行きたいと思います。
またこの一年間韓国の長期歴史ドラマを何本か見ましたのでそれらのことも触れていきたいと考えています。
大変なご無沙汰をいたしましたがよろしくお願いいたします。


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2013年03月12日

東日本大震災から2年経ちました

東日本大震災の死者    1万5881人
       行方不明者    2688人
       避難者    31万5196人
今も日本人、日本政府の最大の課題である。
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2012年03月11日

東日本大震災から一年が経ちました

今日は平成24年3月11日です。去年の大震災から一年が経ち、全国で追悼の記念の行事が行われました。

天皇陛下は大病の手術から退院されて日が経っていないにかかわらず中央の行事に参加されました。天皇陛下皇后陛下のお姿には頭が下がります。ありがたいことです。

この度の東日本大震災の被害はとてつもなく大きなものでありました。

今日現在で、 死者        1万5874人
       行方不明者       3155人
   
       全壊戸数      12万9107戸
       半壊戸数      25万4139戸
       一部損壊戸数    69万1728戸
       今日の避難生活者はなお34万人以上だそうです。

  そして特に岩手県の死者は、4671人    行方不明者は、1249人
       宮城県の死者は、9512人    行方不明者は、1688人
       福島県の死者は、1605人    行方不明者は、 214人
  と3県の損害は簡単に癒せるものではありません。

また今日は、全国のテレビをはじめとするマスメディアが大々的に大震災に関し報道をいたしました。

津波の破壊力の大きさ、被災に対する各種救援救難活動、そのきびしい間に垣間見える無邪気な子どもの笑顔等改めて大きな大きな傷に触れさせていただきました。

他方今まであまり報道されていなかった「トモダチ作戦」によるアメリカ人の友情豊かな活動の番組には新鮮な驚きも感じました。

政治の重い使命について考えた一日でもありました。

(今日国会周辺を通りかかりましたところ原発に関する大きなデモを見かけました。)
posted by 松村りゅうじ at 22:26| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

平成二十三年も暮れる

今年は3月11日の東日本大震災で日本が震撼しましたが、同時に「絆」の重要さに国民が思いを持った年でもありました。
わが福井県は原発13基をかかえているだけに、福島県下の東京電力原発事故は人ごととは思えませんでした。

しかし福井県民は冷静にこの事態と向き合ったように思います。
西川知事が県民の先頭に立って安全基準を政府がきっちり決めるように終始がんばっていただきました。

菅総理の対応は正しかったのかどうかは、政府高官に対する事故調査委員会の更なる調査結果が進まないと分かりません。

ある政治家が昔「原子力と臓器移植問題は政治家が扱うのに最も適さない」と言ったことが新聞に出ていました。この2つはたいへん大きな問題であるだけに、「政治家」こそが責任を取らなければならないことは確かですが、一方科学的な判断は専門の科学者の知識と判断に大きく負わなければならないことも確かかも知れません。

ただ科学的な判断をする人々が原子力村の住人のように良心を失って、「想定外」を口にするばかりでは困ります。

12月に入り北朝鮮の金正日総書記が亡くなりました。
日本と朝鮮半島は最も近いところに位置しているだけに、大きな事件ととらえなければならないと私は思います。

日本は海に取り囲まれているためか、大陸の出来事にショックを小さく感じ勝ちですが、今後とも韓国とあるいは米国、中国等と緊密に連絡して間違いの無いように対処する必要があると思います。
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2011年08月11日

国難から5月

平成23年3月11日のあの東日本大震災から5月が経ちました。
東電福島第一原子力発電所の事故が放射能を撒き散らし農家、漁師さん、酪農家に大損害を撒き散らし,避難を余儀なくされる中小企業や住人に得もいえぬ苦痛を与えて来ました。

原子力損害賠償法による補償の仕組みもようやく樹立され、対応も曲りなりにすすみはじめてはいますが大変です。

菅内閣がこの間対応にあたってきましたが、本人の弁明とは異なり、ツースロウ、ツーレイト
で被災地の復興は遅れています。

また民主党の国家意識のない外交も困ったものです。また景気を浮揚するという感覚もないので、世界の金融不安のなか、日本の76円といった円高など日本の経済も大変です。

このようなときこそ自民党もがんばらなければと思っています。
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2011年06月11日

東日本大震災から3月

3月11日に起きた大地震と大津波そしてそれによって引き起こされた東電福島第一原発の徹底的な破壊は、戦後最大の国難とも言える大きな苦難を与えている。
今回の大地震と大津波は日本が地殻が激動期に入っていることを教えてくれた。
昔小学校の教科書で「稲むらの火」で教えられた巨大津波が今日起きる現実のものだと教えてくれた。

また原発の事故「メルトスルー」さえなければ日本も地震津波の復旧復興に専念できるのにと国民を地団太ふませている。

そしてがれきの処理や義捐金の配分手配で民主党政権が復旧・復興の仕事をするのに適性がない政権であることをこの3か月の時間が示してきた。
また菅総理は先の内閣不信任決議を生き延びたけれどももはやこの解決を菅さんに任せていては時間の空費になることを国民は知ったのではないだろうか。

原子力発電基が福井県には14基ある。福井地方に従来無かった地震や津波が発生することは無いだろうか。冷静に検証することが求められる。

日々頭を働かさないといけない。
posted by 松村りゅうじ at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

東日本巨大地震

今回の巨大地震の被害の大きさははかり知れません。
東京にとどまり自民党の調査会に出席や参議院の議員総会に出席しています。

一昨日は、福島原子力発電所の被害について2時間近い会議で、政府からの報告と全国原発関係議員の意見交換が行われました。私はこのたび福島原発の全機の緊急冷却装置が故障し機能しないことについて福井県の立場からきびしく質問いたしました。

昨日は内閣部会が行われ、金融庁、財務省等から経済界に対する手当て、地震保険をめぐる問題等の意見交換のほか、警察庁等の説明がありました。

死亡者、行方不明者の正確なカウントだけでは万を越すといわれる死亡者の弔いをしっかりすることが出来なくなるのではないかという心配が出席者から指摘され、警察庁で現場とよく協議することが約束されました。

また昨日は参議院自民党の議員総会が行われ、募金活動のほか与党との関係など必要な協議をいたしました。

昨晩はまた大型地震が来て静岡で発生したものと判明いたしました。日本の地盤が不安定のようです。
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2011年03月14日

東日本大地震

平成23年3月12日午後2時46分東北沖を震源とするマグニチュード9.0の未曾有の巨大地震が起きた。
週末でたまたま上京していた妻と帰福しようと準備していたところ、また長女も家にいたところで地震が発生した。

この世がおわるのではないかという揺れかただった。
地震は昭和23年の福井地震も経験しているが同じような恐怖でした。

以後うち続く余震に恐れを感じながら帰福せず週末を東京の宿舎で過ごした。テレビで地震の報道に釘付けで特に福島原発の事故は、福井の問題とも関係があるので特に注意を持ってフォローした。

国会も参議院で予算を通過させる時期であるため、今日からどう対処するかが問題である。

いずれにせよ死者1597人、行方不明者1481人、負傷者1923人警察庁調べの大きな被害のこの巨大地震の復旧をどうするか、政府、国民が力を合わせてとりくまなければならない。
posted by 松村りゅうじ at 07:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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